共和党のジョーダン議員が「バイデン政権がフェイスブックに対し、政治的な書き込み削除を強要した証拠」だとするフェイスブックの内部文書を手に入れ、公開した。

ザッカーバーグ 政治家

事実関係

共和党のジム・ジョーダン議員は
バイデン政権がフェイスブックに対し、
新型コロナに関連する書き込みを
「減らすか削除するように」という
圧力をかけたことを示す
一連の内部文書を公開した。

ジム・ジョーダン議員は、
これらの圧力文書を
『フェイスブック・ファイル』と名付けた。

その『フェイスブック・ファイル』は
『X』(元Twitter)で公開している。

ジョーダン議員は、
バイデン政権高官による
フェイスブックへの圧力(主に2021年)は、
アメリカ政府による民間企業への
「強制」というレベルにまで達しており、
憲法修正第1条に違反している、と主張している。

画像引用:https://en.wikipedia.org/wiki/Jim_Jordan_(American_politician)

『フェイスブック・ファイル』とは何か?

『フェイスブック・ファイル』の大まかな内容

『フェイスブック・ファイル』という内部文書には、
2021年の春から夏にかけて、
バイデン政権の担当者と、フェイスブック幹部との間で
継続的に話し合いが行われたことが示されている。
話し合いは、新型コロナに関する書き込みを
どうするかという内容だった。

2021年の春~夏は
トランプ政権下で開発された
新型コロナワクチンのプロモーションを
行っていた時期でもある。

『フェイスブック・ファイル』の詳細な内容

バイデン政権の関係者は、
「ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏やタッカー・カールソン氏らの投稿が
フェイスブックの基準に違反している」と主張し、
「拡散を制限するか、完全に削除」するように、
メタ社とフェイスブックに迫った。

フェイスブックは抵抗した。
できる限り政権をなだめようとした。

また、内部文書によると
2021年7月14日、
メタ社の世界戦略担当プレジデントであるニック・クレッグ氏は、
フェイスブックの幹部数名に下記ようなメッセージを送っている。

「2021年5月以前、
新型コロナが人為的なものであるという書き込みを
フェイスブックが削除していた理由を、
どなたか、すぐに思い出していただけませんか?」

 ※元イギリス副首相でもあるクレッグ氏は、
  新型コロナが中国政府によって開発され、
  偶発的に放出されたという説に言及している。

『フェイスブック・ファイル』というネーミングの目的

『フェイスブック・ファイル』というネーミングは、
『X社』が『Twitter社』だった時代の
内部文書である『ツイッター・ファイル』と
同じ種類のものであることを
示すためにつけたそうだ。

 ※『ツイッター・ファイル』は
  イーロン・マスク氏のX社が
  2023年に公開し、
  保守系メディアによって大々的に取り上げられた。
  内容としては
  Twitter社内に多くいるとされり民主党支持者によって
  保守派の書き込みの削除等が行われたことの
  証拠的な記録となっている。

内部文書をジョーダン議員が入手した経緯

この内部文書は、
ジョーダン議員が下院の監視委員長としての権利を行使し、
フェイスブックの親会社であるメタ社の
マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)に対し、
メタ社が監視委員会から要求された文書を
監視委員会に提出しなければ
議会侮辱罪に問われる、と主張し、入手した。

関係者の話

匿名のフェイスブック関係者

「私たちはバイデン政権や、他の人たちからもっと削除しろ、
という圧力を受けていました。
しかし、私たちは2021年5月に削除を止めました」

SNS企業『テックダート.com』の創業者マイク・マスニック氏

画像引用:https://en.wikipedia.org/wiki/Techdirt

「アメリカ政府は、
言論をめぐってウェブサイトに圧力をかけるべきではありません」

ジム・ジョーダン議員

「この内部文書によって、
バイデン政権がフェイスブックに対し、
書き込みへの検閲をさせた、
ということが明らかになりました。
これは、アメリカ政府の持つ権限を
乱用していることの証明です」

「フェイスブックの親会社であるメタ社の幹部が協力しなければ、
幹部たちは議会侮辱罪で拘束される可能性があります」

なぜこのタイミングで『フェイスブック・ファイル』を公開したのか

ここまでの経緯

もうすぐ始まる第5巡回区裁判所の審理

7月4日(火)に
ルイジアナ州地方裁判所のテリー・ドーティ判事が
下した判決について、
8月10日(木)に、
第5巡回区の3人の裁判官による再審理が予定されている。

7月4日のドーティ判事による判決と、その影響

画像引用:https://ballotpedia.org/Terry_A._Doughty

ドナルド・トランプ前大統領の任命権者であるドーティ判事は、
バイデン政権が保守派の書き込みを対象にした
「アメリカ政府による大量検閲体制」を作り上げた、と認定した。

ドーティ判事は、
アメリカ政府高官が、報道機関を通じて、
言論に対する公式発言をするだけで、
SNS企業に対し、何らかの強制性を発揮してしまう、とした。

ドーティ判事は、
ミズーリ州とルイジアナ州が
バイデン政権に対して起こした訴訟を支持する判決を下した。

しかし、ドーティ判事の裁定は
第5巡回区控訴裁判所によって停止された。

ドーティ判事の判決は、
「強制」の意味を非常に広範に定義したことで
法曹関係者から、広く批判されている。

 ※第5巡回区裁判所は、
  アメリカで最も保守的な
  控訴裁判所のひとつとされている。
  そこからも批判されてるということになる。

ここまでの経緯を踏まえた引用元記者の推論

今になって、ジョーダン議員が
『フェイスブック・ファイル』を掲げた理由は、
「アメリカ政府によるSNS企業への働きかけ」問題に対する
最新の法廷審問が控えていて、
その法定審問を有利に運ぶためではないか、と(引用元)記者は考えている。

参考:過去の判例

アメリカ政府によるSNS企業への働きかけは「問題ない」とする判例

サンフランシスコの第9巡回区控訴裁判所は、
2020年の大統領選挙の結果について、
「投票所での不正」の存在を主張をしたユーザーの
アカウントと書き込みを削除したツイッター社を
訴えた訴訟において、その訴えを棄却している。

これは、政治評論家ローガン・オハンドリー氏が、
選挙における不正を指摘した書き込みを
Twitterが削除し、アカウントも停止したことについて
「民間のサービスが、国家の機関になっている」と訴えた裁判だ。

第9巡回区控訴裁判所は
「アメリカ政府は、憲法違反にならない範囲で、
監督する団体と非脅迫的な方法でコミュニケーションをとることが
許されるし、可能である」
と判断している。

アメリカ政府によるSNS企業への働きかけは「問題あり」とする判例

2015年、裁判所は裁判において下記の判決を下している。
「言論をコントロールするために
強制的な国家権力を行使する、と脅す公務員の被告は、
原告の持つ憲法修正第1条の権利を侵害している」

過去の裁判での判例から、引用元記者が予想したこと

アメリカ政府による、
SNS企業への働きかけの是非は
まだ法律的に流動性の高い分野である。
何がどこまで許されるのか、
今後、どう判定されるのかは、わからない。

国家による強制性はあるのかどうか? という点

裁判の判例では、
「強制」には国家権力の「威嚇」が必要である、としている。

バイデン政権のメッセージには具体的な脅しがないため、
ジョーダン議員が法廷で、バイデン政権による「矯正」を証明するのは難しいだろう。

SNS企業による書き込み削除が「検閲」に当たるのかどうか? という点

共和党側は、SNS企業が
コンテンツを削除したり、ラベルを貼ったり、制限したりする行為は
SNS企業による「検閲」であると主張している。

しかし過去の裁判の判例では、逆の結論が出ている。
つまり、あらゆる企業には、
アメリカ憲法修正第1条の「編集裁量権」がある。
自社の所有物にどのような言論を掲載するか、
あるいは掲載しないかを管理する権利がある、という。

上記を踏まえ、引用元記者が感じたこと

現在までの裁判による判例と照らし合わせると、
バイデン政権は
フェイスブックユーザーの持つ
アメリカ憲法修正第1条の権利を
特に侵害していない。
と、引用元記者は感じている。

記事引用:https://www.yahoo.com/news/republicans-claim-biden-administration-coerced-facebook-to-take-down-content-224824038.html

ブログ主の雑感

巨大なSNS企業って、
自分たちで何かを発信しなくても
もう一つの大きな「メディア」なんでしょう。

従来の報道機関は、
公序良俗に反しないということと、
外部からの統制を受けないことを両立するために
「自主規制」という形で対応してきました。
(日本だけでしょうか?)

それがうまくいっていたかどうかは別にしても
「普及したSNSフォーマット」という、
企業が自ら発信するわけではない巨大メディアが
自社の管轄内で書かれている情報を
どのように取り扱うかは難しいように思います。

私が学校で習ったことですが、
従来のメディア(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など)に対して、
情報の受け手である顧客は「アクセス権」というのがあって
とにかく、何かの形で参加できるようになっている、と。

だから昔のテレビ番組は視聴者参加型の番組が多くありました。
テレビ番組表には感想や苦情を伝えるための電話番号が載っています。

新聞や雑誌には
読者投稿のページ、はがきのコーナーみたいなものがあり、
ラジオは多くの場合、
聴取者の投稿がメインコンテンツになっていたりします。

なぜこのようになってるかと言うと
例えばテレビだと分かりやすいのですが、
昔は、テレビ放送に適した電波帯って限られていたんですよ。
動画の情報を送信するのに向いてる電波帯って少ないんです。

だから、とある企業がテレビ放送局を作りたいと思っても、
放送に適した電波帯が他の企業に使われていたら、
もう作れません。

では、その電波帯は誰のものなのか?
といったときに、
これはもう「みんなのもの」だ、ということになりました。

だからテレビの放送局が電波を使う、ということは
「みんなのもの」を借りて放送を行う、ということになっています。

だから、テレビの放送局には「みんなのもの」を使っている、
という責任が発生してるわけです。

だから、一部の人たち、プロの出演者だけが出演していてはいけない、
一般の人も参加して楽しめるような番組でなければならない、
というような思想で初期の頃のテレビ番組は作られていたのです。

ここでいう参加は番組に出演することだけではなく、
感想や意見を伝えたりすることも含みます。

新聞や雑誌は、テレビほどの公共性はないにしろ、
やはり流通の仕組みを作り上げてしまい、
後発の業者が入りにくいので、
ある程度は公共性があるとみなすようです。

だから「アクセス権」があるわけですね。

ここで普及したSNSフォーマットはどうか、
ということなるわけです。

SNSでは「バズる」「拡散する」などで、一気に情報が広まったりする。
こういうときは「通信」というよりも「放送」に近い性質を持つわけです。

「通信」は少数対少数のやり取り、
「放送」は一気に多くの人に伝えるもの、という感じです。
現代ではこの区分けは非常に難しくなっています。

例えばYouTuberが生配信をしていたとして、
視聴者が10人だったりすると、そこでは「通信」に近いやり取りが起こります。
視聴者が2万人もいれば、もう「放送」と言っていい状態です。
視聴者の声を拾いあげたとしても、
ラジオではがきを読んでいる状況に近いかもしれません。

そしてその通信と放送の境界線は、非常にあいまいになっているのです。

その場合、個人が放送局になったと言えなくもないですが、
やはりフォーマットがあってのものだとも言えます。
とすれば、SNSフォーマット側を放送局とし、
最大限にアクセス権が行使されている状態ともみなせます。

普及したSNSフォーマットというのは簡単に作れるものではないので、
普及したSNSフォーマットには
新聞や雑誌と同程度の公共性が必要になってきます。

とすれば、SNS側は何かの自主規制が必要になりますが、
この時、アクセス権の制限が同時に発生するところが
難しいポイントだと思います。
つまり自主規制であって自主規制ではないということです。

そこで「検閲」という言葉も出てきます。

この問題、すぐに解決するようなことではなさそうです。

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